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ユニクロの下請け工場問題。その2:調査報告書の勧告内容を検証する。

 

ユニクロ下請け工場問題について。その1:報告書に対する疑問点 - こども嫌いでしたが、こどもに関わる会社始めました。

 

昨日SACOMが発表したユニクロ下請け工場への調査報告書に対する私の疑問点を挙げてみました。そういう疑問点があるからこの報告書は信用価値がないというのではなく、ここを明らかにしないから信用できる部分があったとしても判断出来ないと思うという意見です。

 

しかし、報告書にどんな疑問点があったとしても、中国の事情やその下請け企業の責任があったとしても、あのような労働環境が問題だということは変わらないので、メーカーとしては出来る限りのことをして改善すべきという意見があると思います。報告書の最後にあった「改善の勧告」も大きく言えばそのような意味をさしていると思います。それでは現状に改善とはどのような作業なるのか、考えてみたいと思います。

 

改善にかかる時間

報告書による、現状ユニクロ(ファーストリテイリング)が行っている労働環境のモニタリング方法は以下の通りです。

定例モニタリング
専門機関の監査員が実際に工場を訪問して行います。オープニングミーティングに始まり、工場や寮、食堂などの現場確認、従業員へのインタビュー、書類のチェックなどと続きます。最後にクロージングミーティングを開き、モニタリングで検出された事項について、工場の責任者と確認や改善のためのフィードバックを行います。

(報告書43ページ)

 私は工場管理について詳しくありませんが、この一つ一つを丁寧にやっているのなら、メーカーとしてやるべきことをやっているんじゃないでしょうか?

規模が全く違う自分の話で恐縮ですが、私が以前会社を運営していた時の話を例に挙げてみます。当時私はスタッフに各自工具を持って現場に来る習慣を付けてもらいたいと思っていました。「プロとして仕事に必要なものを自分で拘って用意するのは当たり前だ」ということが伝えたかったのですが、そもそも“プロ意識”の概念がないのです。そこで昨日述べたような罰金制を取り、まずは持ってくるということを定着させ、その後事あるごとにその必要性を伝えました。そんなある日、古株のスタッフが工具を忘れたスタッフに「お前手ぶらできて恥ずかしくないのか」と怒っているのを見かけました。私はやっと本来の目的が達成出来たととても嬉しかったのですが、これで丸3年かかっているのです。当時まだ50人足らずだった自分の会社に、毎日べったり関わって3年です。報告書に挙げられた全ての問題点について、この何倍もの規模の会社で、罰金システムを使わずに改善するにはどのくらいの時間と手間がかかるのでしょうか。

 

何処まで関わるのか?

「下請けだからと言って切り捨てず、問題にはメーカーも積極的に関わり改善していくべき。」という意見も有ると思います。しかしまた、外国人である管理側が現地の習慣などをよく知らないまま必要以上に関わりすぎて上手くいかない例もよくあります。中国の効率の悪さを見かねて何から何まで日本式で進めようとすると、結果今まで以上に何も進まなくなり日本人側から見てもう何が原因だか分からなくなり取り返しがつかなくなるパターンです。例えば何か不具合が発生した時、日本では一つ一つ問題の可能性を潰して原因を探ろうとします。原因が分からないと対策が取れないから。でも私の経験上、中国人はこの作業がとても苦手です。不具合の原因の可能性があるABCの部品を一つずつ交換して問題を突き止めるということを説明している途中で、必ず「それならABC全部交換してしまえばいい」という意見が出ます。その全部取り替える作業は日本人より早く出来たりします。しかしそこでずっと原因追求をしようとすると、皆のやる気もなくなり途中で間違ったりして原因も良くわからず、結果的に大幅な時間の無駄が出ます。それならもう彼ら式に全部交換してしまい、その後細かいことが得意なスタッフを見つけて原因を探らせる方が効率的です。その他食事の習慣や、スタッフ同士の関係性やいろいろ、外国人が無理やり入っていき直接管理していくには、現地の習慣や人間性などを熟知していることが必要です。中途半端に関わると、現地スタッフに間に例の「上に政策あれば下に対策あり」が発動され、外国人が知らない間にダブルスタンダードが出来ていることがあります。そうなると問題は表に出にくくなるので、今まで以上に厄介です。世界各国に工場をもつメーカーがそれぞれの国でそこまで関与するのは現実的にかなり難しいのではないでしょうか?

 

労働者の権利と選択の自由

この報告書には、労働組合も存在せず代表者不在であり「労働者の権利」が尊重されていないという主張がくり返されています。そこには労働者と雇い主である工場との理想的な関係が書かれていますが、それも中国の現状とは大きくかけ離れ過ぎており、全く現実味がありません。中国で労働組合にあたるのは「工会」と呼ばれるものですが、日本とは性質がかなり異なります。そもそも社会主義システムの下作られた「工会」にはストライキ権も認められておらず、例えこの工場に「工会」が存在したところでこの報告書が唱える労働者の権利が守られるとは思えません。もっと乱暴なことを言うと、そもそも国民一人ひとりの権利だって、日本に比べてたらとても尊重されているとは言えない状況なのです。その社会の底辺に当たる人たちの権利を、いきなり先進国と同じレベルにするというのは理想ではありますが無理があります。

 

彼らは何も守られていませんが、その代わり嫌であればすぐに他に移ることは可能です。きちんとした権利で守られていない代わり、彼らを義務だと縛る方法もありません。通常こういう仕事で前歴を厳しく問われたりということはないので、どういう辞め方をしたかということは仕事探しには影響しません。だから彼らは常に周りの情報を仕入れ、少しでも条件が良いところに入れる可能性があればすぐに移っていきます。大きな会社の社員であっても“愛社精神”というものはなく、自分のステップアップの為に転職をしていくのが常識である国で、工場勤務の彼らがもし権利を与えられても「労働組合を組織して代表を立てて粘り強く会社と交渉をする」という方法を選択する可能性はとても低いはずです。そこまでの手間を掛けて一つの職場に拘るよりは、常に同僚や同業者と待遇を比べ合い自分のスキルを考え他に移れる可能性があれば明日にでも行けばよく、無ければ何とかステップアップに役に立つ技術を覚えるか、そのまま労働時間を長くして収入を上げようとするか、会社に影響を与える人数を集めてストライキをしてみるか、諦めるかです。労働者自身がまだ不十分な「工会」の存在や役割を信用しておらず、このような実際的な方法を取っているのです。もしこの工場だけが他と比べて極端に待遇が悪ければ、すぐに人は離れていきます。だからこの工場が、不当に社員を拘束していたり、脅迫などで辞められないようにしていたりということが無いかを調べる必要があり、それが無ければ悲しいけれどこれがこの地域での相場だということなのです。

 

改めて、この報告書が出している勧告を見てみましょう。

工場に対する勧告

  1. 中国労働法に基づき、最低でも週に1日以上の休日を労働者に与え、月の時間外労働時間数を 36 時間以内におさめること 
  2. 労働者の健康及び安全に関して、適切な訓練、保護、及び健康診断を提供すること 
  3. 中国労働法の規定に従い残業代を支払うこと 
  4. 労働者の尊厳を守るため、経営方式を変革すること 
  5. 労働者が定期的に休憩を取ることができるようにすること 
  6. 製造工程で用いられる有害な化学物質から労働者の健康を守るため、必要なすべての対策を講じ、その対策と実施状況を公表すること 
(報告書38ページ)

ユニクロ(ファーストリテイリング)に対する勧告

  1. 製造業者に対して適切な援助をし、労働環境の改善を促すこと 同社の企業社会責任ポリシーを遵守すること 
  2. 製造業者が直接・民主的な方法で労働代表を選任することができるようサポートすること 
  3. 製品の製造業者に関する情報を開示することで透明性を維持すること
(報告書39ページ)

昨日も述べましたが、週一休んで1日8時間労働で1.38時間の残業しかしなかったら彼らは生活できません。だからこれで生活できるくらいまで基本給を上げなさいということなのかも知れませんが、そうしたら彼らの自給はその上の役職者よりも上がることでしょう。その為には会社の社員全体の給料を上げなければなりません。そうなったら、現地の同業者の給料体系よりも突出して高い給料水準になるはずで、求人には人が殺到するでしょうが、これを全ての下請け工場で実施したら、商品をどれくらい値上げすれば賄えるのでしょうか?

それ以外の改善に対しても、様々なコストが発生していくことでしょう。

 

昨日とくり返しになりますが、私はユニクロを擁護したい訳でも、この現状を理想的だと言いたい訳でもありません。現実からかけ離れた理想だけ突きつけても、何もならないと思うだけです。

実際このような報告書を作成しろと言われたら、おそらく中国に下請け工場を置いているメーカー殆どに対して同じような内容のものを作ることが出来るはずです。それは特定のメーカーを攻撃する手法として利用されるだけで、根本的な改善には繋がらないのではないかと思うのです。

続きはまた明日。