こども嫌いでしたが、こどもに関わる会社始めました。

中国で子供向けエンターテイメントコンテンツを提供する会社をやっています。

中年の熱さ。しくじり先生

突然ですが、しくじり先生にはまっています。

笑いながら、時々キュッと心が痛みつつ、また大笑いして、でもどこか少し泣きそうになりながら見ています。私が大げさなのかも知れませんが、私の周りの中年友達には反響が大きいようです。

 

私は昔から“狭くて深い”付き人付き合いを選んで来ました。自分と違う趣味や意見の人にそれを薦められたり、逆に自分の考えを説明したりすることは無駄だと思っていて、合わないなら関わらなければいいと思っていたのです。それがだんだん、自分と正反対のタイプの人と話すことがとても楽しくなってきました。

 

例えば学生の時、私は体育祭や文化祭で「放課後皆で練習しよう!」などと言い出す人が大嫌いでした。そもそも、そういう行事を楽しいとは全く思えなかったし、放課後に「練習する」も「練習しない」も自由なはずなのに、なぜ団結とか協力とかという言葉で後者が悪いものとされるのか、私は「練習しない」ことを相手に強制しないのに「なぜ練習する」ことを強制してくるのか?理不尽だと思いながらそれをはっきり断る勇気も無く、そういう人達を自分の意見を正しいと信じて押し付けてくる無神経な人だと思っていました。

 

当時私の友人も皆そういうタイプだったし、その後も同じ様な意見の人とばかり付き合ってきて、30歳を過ぎてから出会った友人がそのタイプだったと後から知ってとても驚きました。彼女は「文化祭や体育祭は皆が一生懸命頑張ってこそ楽しくなるのだから、皆で楽しもうという意見に反対する人がいるなんて思いもしなかった」と言っていました。学生生活は凄く楽しかったし、高校三年生の文化祭は青春そのものだったと。私の周りにはそういう友人はいなかったので、初めてそんな真っ当な明るい青春を体験した人の話を直に聞き、凄く新鮮でした。今だからこそ、客観的に認めることが出来るようになったことがたくさんあります。きっと当時の私は、その明るい青春を送る人達に自分のコンプレックスをぶつけ、小難しい理屈をこねながら自分の方が大人だと思いたかったという部分があったんだろうなと思います。彼女の方は、成人してから初めて私のような上司にあたり、散々苛められてるうちに強くなったと言って笑っていました。

 

当時同じ教室にいたらきっと1度も話す機会は無かっただろうし、10年前なら大嫌いになったかも知れない、今だからこそ一周回って面白いという人の話を聞く事、これは中年だからこその愉しみだなと思います。

 全然違う道を歩いてきた人が、中間地点で顔を合わせた面白さ。全然違う道だったのに、やっと自分以外の道を見渡してみたら意外な共通点もあったりする面白さ。

 

先日のしくじり先生のゲストは大事MANブラザーズバンドのボーカル立川さんでした。「それが大事」という曲は、当時私は一番毛嫌いしていた“押し付けがましい善意や明るさ”の代表のように思っていました。中身のないことを大きな声で何度も叫んで無神経で軽薄だと思っていました。そんな彼の授業は、本当に面白かった。全然相容れないと思っていた人の意見が、今はとても理解できるということ。おこがましいですが、「ああ、一緒に飲みに行きたい!」と思いました。

 

青臭い思春期を超え、粋がって大人になったと勘違いしていた18歳、それが如何に子供だったか思い知らされた20歳、ただただ自信が無かった22歳、頑張ろうとして空回りばかりした24歳、何とか形になってきた26歳、出来てみたら急に世界が狭く感じられるようになり新しい挑戦をした28歳、またゼロから頑張ることが気持ちよかった30歳、努力が形になりそれを成長させようと必死だった32歳、与えられた責任が嬉しく、同時にそれに押しつぶされないように更に必死だった34歳、ふと我に返った36歳、またゼロに戻ってやり直し始めた38歳の今。

 

中年とは言葉の通り中間地点。私達中年は今、起承転結の“転”にいる。

そこそこ話せるストーリーがあっても、それはまだ途中で結末は自分も知らないという状態。まだグラグラしている足元を隠しつつ、続く先を思って何かヒリッとしながらも、私達は笑い合う。

 

いろんな失敗をしてやっとここまで来たけど、これで終わりとは思いたくない。でも闇雲に夢を見ていた若い頃と違い、もう一度“何か起こす”のはどれだけ難しいことか分かっている。今もう一度失敗して乗り越えられるのかどうか?自分の能力の限界や身の程も分かってきた。背中にもいろいろ背負うものが増えた。それでも、やっぱりもう一度、何かを起こしたいんだ。

 

お互いこういう気持ちが見え隠れしていることを知りつつ、やっぱり過去の失敗やこれからの無謀な夢を笑い合って、バカにしつつも真剣な気持ちが愛おしく、それを表に出すほど安定した立場じゃない自分を分かっているからこそ、泣きそうになるのを抑えるようにまた大笑いする。

 

大笑いして、じゃあねと離れた途端真顔になって、背中の荷物をもう一度背負い直して、また歩き出す。

きっとあと20年後くらいにまた休憩地点があるはず。

その時にまたもっと面白い話が出来るように、もう一回腹を決めてジタバタしてみよう。

 

因みに、私のベストしくじり先生は、立川先生、杉村太蔵先生、鈴木拓先生、オリエンタルラジオ先生です。

皆昔大嫌いだった人達、そして今一番飲みに行きたい人達です。