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ユニクロ下請け工場問題について。その1:報告書に対する疑問点


ユニクロ: 潜入調査で明らかになった中国・下請け工場の過酷な労働環境(伊藤和子) - 個人 - Yahoo!ニュース

中国で仕事をする時、どの業界でも上がる問題の一つがこの「下請けの管理」だと思います。私は12年前に中国に来てからフリーで仕事をしたり、中国人の仲間4人と会社を作ったり日系企業に勤めたり、そして今は自分で会社を立ち上げたりといろいろな経験をしましたが、自身が下請けとなることも下請けを使うことも有る立場で、このユニクロ下請け工場の記事は考えさせられることがあり、報告書も読んでみました。長年中国ローカルにどっぷり浸かってきた身で、思うことがたくさんあったので、何日かに分けて書いていこうと思います。

 

"中国自身の問題"と"ユニクロの管理問題"と"職種の問題"の混同

報告書を呼んでみて一番問題だなと感じたのがここの部分です。確かにこの工場を先進国の立場で覗いてみると問題点はたくさんあります。但し、その原因は全てユニクロの管理責任が原因なのでしょうか?背景や原因を分析せずに問題点だけ列挙してユニクロに結びつけるというこの方法は、特定のメーカーを攻撃する方法にも使うことが出来る危険な手法だと思います。具体的にどこを混同しているか、挙げてみようと思います。

 

1、社会構造としての収入の格差

*報告書 2.1著時間労働と低い基本給(P13)

ここで広東市と東莞市の平均月収とこの工場の差が大きいこと、時間外労働の多さを問題にしています。中国は日本よりも社会の収入格差が大きいです。職種、能力、学歴、出身地などの原因から格差が生まれています。また会社内であっても、担当部署や役職により給料は大きく異なります。例えば、私が昔運営していたのはイベントのAV機材を提供する会社で社員100人程度でしたが、2010年当時一番安い給料は日本円で約2万円弱、一番高い給料は約23万円でした。約11.5倍。私を含む4人の役員と社長の給料は含めなくてもこの格差です。この会社はサプライヤーの立場ですので、その上の制作会社や広告会社になると、社内の平均給料もまた上がります。工場で働く作業員というのはこの格差の中では底辺に位置する職業となり、給料が市の平均より低いというのは当然と言える結果です。これはユニクロや工場の管理問題というよりは、中国の社会構造の問題となり、一企業としてはどうしようもないと言うのが事実です。物価上昇で生活が苦しいという問題も同じく。それよりは、同業者の服飾工場との比較や、出版や工業系など他の工場との比較しての判断が必要だと思います。

 

2、中国の法律の矛盾

時間外労働についても同じです。基本給を抑えて時間外労働やその他手当てで補填する、これは企業が良く使う方法で日本でも良く聞く話ですよね。法律を違反している部分に関してはその法に則って処罰される必要がありますが、残業代を稼ごうと社員自ら規定を超えてまで長時間働こうとするのもまた事実です。また中国の法律は、ある日突然改定されたり、現実的でない不合理な内容だったりすることが良くあります。また法律が施行されてもすぐそれが行き渡るわけではなく、役所も混乱していて新旧ルールがどちらも通ってしまったり、改正について質問したくても役所自身が理解していないということも良く有ります。この状況で長く生きてきた中国人は「上に政策あれば下に対策あり」と言われるように、周りの状況を見つつ徐々に合わせていくというのが実際です。

労働法36条 週 44 時間までという労働時間制限は週休1日の場合1日あたり7.3時間、週休2日で8.8時間です。労働法41条時間外労働時間は月に 36 時間を超えてはならないというのは週休1日なら残業は1.38時間/1日以内と言うことになります。日本でこの条件で働けている人はどのくらいの割合でしょうか?今だから言えることですが、私の会社は守っていませんでした。というより周りでこれを遵守している会社を知りません。なぜか?役所も含めて皆これが無理だということを知っているからです。でも法律が出来てしまったから表向きは厳守だというが、審査方法も処罰もはっきりしていません。そこで“下”である庶民は「この法律に対して上はそこまでやる気がないから、特に目立たない限りこのままで大丈夫」と判断している訳です。“特に目立たない限り”これが重要で、何か上に取って気に食わない目立ち方をしたり、労働者の疲労が原因で事故が起こったりした場合は、急にその法律が意味のあるものとしてその関係者に向けて施行されるということも良くあります。このように、中国の法律には「上もやる気で絶対に守らなければならないもの」と「建前として存在しているが、実質は意味がないもの」とが混在しているのです。こういう背景がある国で、法律の遵守について先進国と同じ感覚で語ることにも無理があると感じます。

 

3、職業としての労働状況と問題点の不明確さ

*報告書 2.2高いリスクと危険な労働状況(P17)

ここに高温や綿ホコリや滑りやすい床など様々な危険な状況が挙げらていますが、私は服飾生産工場の作業を知らず実際どのくらい常識から外れているかは分からないので、自分の専門分野であるイベント制作の現場から考えると、同じようにリスクある労働状況と言えます。高所作業が当たり前、髪が白くなるほどのホコリも当たり前、高圧電流も扱い、夏は暑いところで熱い機材を扱うのでかなりの高温です。これは会社というより職業柄避けられないものです。もっと危険な仕事も世の中にはたくさんあると思います。避けられないリスクはあるが、それに対して如何に対策を採るかということが問題な訳です。危険を指摘するなら、日本と中国の業界基準それぞれを比較し、何処が逸脱している点なのか具体的に挙げなければ、仕事の内容として避けようがない危険も合わせて問題点に含めてしまう危険性があると思います。

因みにこの記事の写真“上半身裸の人”、これは中国の夏にちょっと裏通りに入れば、いくらでも見ることが出来る風景です。ちょっとでも暑いとすぐに脱いでしまうので、禁止にする為に策を練ったことを思い出しました。日本の業界基準を遥かに超える暑さに耐え切れず脱ぐのか、めんどくさがって脱いでしまうのか。この報告書にはそれを判断する材料がないのです。

 

4、工場労働をする人達の教育問題

工場側は労働者にマスク、グローブ、専用スーツなどの防護キットを必要に応じて提供しているものの、実際にはどのような物質を扱うかによってそれらを着用するかどうかが決まる。しかし、防護キットの使用の有無に関する最終判断は労働者本人となっており、
染色作業場の室温は 40 度という高温に達するため、実際労働者は着用を選ばない。 (報告書P24)

中国では、どの職種でも知識や技術の不足などから危険な行為をしていることはよく見掛けるし経験もしてきました。例えば高電圧のブレーカーボックスの上に飲みかけの水を置いていたり、マスクなしに溶接していたり。もちろん企業としてはそれを防ぐために安全に対する知識を提供し、危険行為を防ぐためのルールを作って管理する事が必要です。しかし格差社会の中国では、危険作業はそのピラミッドの底辺に位置する人の仕事であることが多く、またそういう人は子供の頃からその層にいることが殆どです。中国の義務教育は日本と同じく小中学校ですが、都市と地方の学校の質の差も大きく、通っていなかった子、また卒業証書だけ貰っても実際は殆ど通っていなかった子などたくさんいます。こういう人は知識を得てから何かをするという体験をしたことがなく、どれだけ教えても何故危険であるかが伝わらないと言うことが有るのです。「いつか危険な目に合うよりは今少しでも楽できた方がいい」実際に事故が起こるまでこういった選択をしてしまう人はこの層にかなりいます。危険回避の為にヘルメットやマスク着用を義務付けてもそこにお金を使いたくない、会社で支給しても面倒だからと付けない、これはよく起る問題です。ここにはその国の教育問題が大きく影響していて、先進国での「企業による社員のケア」だけでは到底解決できず、更に踏み込んだ対応が必要になることが多いのです。

 

5、罰則システムによる管理方法

*報告書 2.3厳しい管理体制と罰則システム

4で述べたように知識や物を提供しても普及しないので、中国で企業がよく採用する方法は罰則システムによる管理です。理由を説明しても理解しないし浸透しないので、一番シンプルで分かりやすい罰金により強制力を強めると言う方法です。私も初めとても抵抗がありましたが、実際どれだけ有用だと思う知識を一生懸命説明しても浸透せず、まず罰金から初めて浸透した後に理由を説明した方が伝わるということを何度も経験しました。もちろん中国人のどの層へアプローチするかにより変わりますが、特にこの「知識の重要性を知らない層」を管理するには今のところ私はこれ以上の方法を知りません。質を上げようとする場合は、その重要性や目標を語るより、やってもらいたいことを細かく具体的な内容にし、罰則つけたルールするしかないのです。例えば「きれいに片付ける」と言う指示は何を持ってきれいかの概念の差が各自大きすぎるので、「机に何も置いてはならず、帰る前に水拭きする。各チーフが何時にチェックし、守れていなかったらいくら罰金」とするのです。このような管理方法は、私も抵抗を感じたように労働者の人権を軽視しているような感じを受けますが、そこにはまた、彼らの今までの教育や生活環境から来るマナーや道徳観の格差問題があり、彼ら自身の責任ではありませんがこれもまた一企業で改善出来る問題ではありません。企業に出来るのは、現実的にどうやって仕事を実行するかということだけではないでしょうか?

 

他にもいろいろあったのですが、状況は違えど上記5点のどれかに当てはまりそうなのこの辺でやめておきます。ここまで報告書に対する疑問を挙げて来ましたが、私は全面的にユニクロを擁護したいという訳ではありません。この現状が望ましいものとは全く思っていません。ただ曖昧な根拠で「成功している巨大企業がか弱い労働者をこき使っている」という分かりやすいイメージに当てはめて手放しで批判することは、故意に誰かを攻撃することも出来てしまうし、それで何かが改善されると思えません。このニュースでは他にもいろいろ考えさせられることがあったので、明日もまた続きます。